幕末のヒーロー・坂本龍馬ゆかりの亀山社中

2019/4/1

幕末のヒーローと言えば西郷隆盛か坂本龍馬かというほど人気を二分するかと思います。

坂本龍馬といえば、今の高知県である土佐藩出身の脱藩浪士ですが、その坂本龍馬にとって長崎県は切っても切れないほどの関係性の深い土地であります。

1865年にそれまで神戸の海軍操練所にて軍幹奉行・勝海舟の下で日本の強い海軍を作ることを名目として学んでいたのですが、この年に解散させられ、廃止されます。脱藩浪士である坂本龍馬たちは身を寄せる場所がなく、勝海舟自ら薩摩藩・西郷隆盛へその庇護をお願いします。

薩摩藩としても海軍操練所で学んだ軍事技術などを身に付けた坂本龍馬らを重宝します。その拠点として提供・出資したのが長崎市における「亀山社中」というものでした。いわば日本最初の総合商社と言われる画期的なものであり、主に貿易・運輸などの商業的性質をおびながらも、時としては軍事活動も辞さないという一種の海軍としての機能も持ち合わせていました。

「亀山社中」という名で発足しましたが、数年後にはその名を「海援隊」と改めます。こちらの名の方が浸透して有名なのかもしれません。

その亀山社中が歴史的に大きなターニングポイントを果たす時が来ます。それが世に有名な「薩長同盟」です。この当時薩摩藩と長州藩は互いに反目しあうほどのまさに犬猿の仲と言える関係性でした。

それもそのはず。禁門の変・池田屋事件・第一次長州征伐などいった出来事がこれまでにおこっており、それらに関して長州藩は常に辛酸をなめさせられ、その相手が薩摩藩だったのです。

しかし薩摩藩・長州藩はその当時においては、イギリス・フランスなどの諸外国への対抗措置としてただ単に戦を挑む攘夷ではなく、軍事力を充実させ、諸外国に圧力をかけられるほどの国力を育てることが大事であるという意識を互いに持っていました。そして何より幕府を倒すことがこの日本の立て直しに必要であるということを理解していました。

そこで坂本龍馬が提唱したのが互いに手を取り合って幕府に対抗しうる組織をつくるための「薩長同盟」でした。坂本龍馬の計画としては、まず長州藩はほしくても購入することすらできない多くの武器を薩摩藩名義で購入し、それを長州藩へ横流しする。その見返りとして、その当時コメが大変不作であった薩摩藩、反対に大変大変豊作であった長州藩。坂本龍馬は長州藩の米を薩摩藩へ提供することを提案します。

そしてその武器弾薬と多くのコメをたがいの藩に提供するための運搬事業を担ったのが、亀山社中なのです。まさに総合商社としての性格をもって発足した小さな会社が薩摩藩・長州藩といったいわば大企業を動かしたのです。

そういう意味でこの亀山社中の名残のある長崎県は日本の大きな歴史的ターニングポイントとなった大事な場所なのです。

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